第二章 世界を動かす穀物商品取引
シカゴは以上述べてきた資源の寝る、西に位置するミネソタ州の鉄・東のバージニア州の石炭・今回大洪水に見舞われた南に位置するミズーリ州とオハイオ州の穀物農産物・家畜の集荷地として誕生発展してきたのです。
江戸時代日本全国の米の相場を動かすと云われた大阪の堂島のような地位にあったと云えるでしょうか!!
そのノウハウは正しく世界を動かす力となっています。
その源は、1848年に設立された「シカゴ商品取引所」で、其処に集まるアラブのオイルマネー、新興国の外貨資金、年金資金、保険会社の運用資金、或は総合商社の動きなどによって穀物相場は決まってしまいます。
1974年、アラブ諸国の今日の石油を武器とする世界支配の為の石油輸出機構の構想を持ち始めた頃、アメリカ中央情報局CIAは次のように述べています。
「近い将来、穀物不足は深刻化することが予想されるが、こうした状況は米国にかつて持たなかった力を与えることになるだろう。それは恐らく、第二次大戦直後におけるよりも大きな政治的経済的な支配力になる。凶作の年には食糧を求める人々に対し生殺与奪の力を持つことになるだろう。」
日本の食糧自給率は僅か39%。2008年ローマで開かれた世界食糧サミットには世界190ヶ国から代表が出席。日本からは福田首相も出席して「今、直ちになんとかしなければ食糧危機は重大な結果を招く」と国連事務総長が指摘したにも拘らず、日本は減反政策のままです。
この生殺与奪の力を持つ穀物の世界相場を決定する世界最大の取引所がシカゴの商品取引所(シカゴボードオブトレード CBT)でそれだからこそ「穀物が金融を動かす」という言葉さえ生まれたのです。
家庭の主婦は学校給食の日数減、食事内容の貧弱化等の報道によって、また家庭における日用食糧品の値上がりと共に、「パンにバターをつけないでどうやって食べるの!!」と実感していることでしょう。
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